誰かの一言で「自分はそうかもしれない」と信じ込み、その後の進展

 

 

みなさんいつも本当にありがとうございます。
心理養成講師の松本幸子です。


さて今日は、6月30日のTwitterにて
誰かの一言で「自分はそうかもしれない」と信じ込み、
その後「そうなっていたかもしれない」。「今、こんなにも幸せ」そんな分岐点の話を次回のメルマガで配信。
とあります通り、


誰かの一言で「自分はそうかもしれない」と信じ込み、
その後「そうなっていたかもしれない」。「今、こんなにも幸せ」そんな分岐点の話を今回のメルマガで配信して行きたいと
思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。



今から書く記事は、全て私の経験談です。

数年前、
私はある方からこんな一言を、直々に伝えられたことがありました


発達障害なの?」


当時、私はまだ自分の本当のところを半分ほども理解出来ていなかったので
仕事も続かない状態でしたし、


やっと就職出来ても、すぐにストレスにやられてしまい休みがちでした。
そんな私の日常のショートカットを、見たある方が私にその事を通達してきたのでした。


その時は、まだ社会的に『発達障害と言う表現』が、認知される途中段階で、
私は、それをはっきりと認識出来ていませんでした。


その言葉を伝えられた時、
その言葉から受けた何かが私の心のどこかで何かを感じさせたのです。


その言葉が、私の何かを刺激しだすような感覚でした。
その言葉が持つ意味合いを、私はとても怖く感じました。


その言葉の中にはこんな表現が使われていたからでした。
「障害」


私のこれまでの人生で「障害」という表現はいつも他人事でした。


その方に「発達障害なの?」と通達された私はその一言に対して、
一旦は跳ね除けてはみたものの、


その表現が、一体何なのかが特に気にかかったのを覚えています。
そして、その気持ちに対して真正面から向き合う事を、決めるのでした。


当時の私は、その方から見れば確かに普通の状況ではなかったのでしょう。
その方の日常は、その方らしかったから。


その方は、私から見てどうとか?


私は特に、何も考えてはいませんでした。
ただ、私は「新しい友達が出来て嬉しかった。」のです。


ただ、そう思っていたのは私だけだったようです。


その一言以来、
根のまっすぐすな私は、その確証を追究しだすことを始めました。


なぜなら、私は目指している物が、今の心理養成講師としての松本幸子であったからです。


ただ、ただ、誰かに、「発達障害なの?」と伝えられているだけの生き方を、
して生きて行く事も私には選べたのですが、



それでは物足りなかったのです。



私は、それを選ばない道が良かっただけなのです。
その道は、確かに苦しくて、険しい道でしたが、


今は、心から大きな声で言えます。
「あの時は、あんなに苦しかったけれど通過して本当に良かった。



その道を、私がどんな風に通過したのか?

まず、こういった問題は幼少期の早期発見による見解の重要性が調べて行くうちに
見えて来ましたが、


当時私は、成熟した大人になっていましたので、
もう、幼少期とも距離が開いていました。


あきらめようか?


そう頭をよぎりましたが、
ここであきらめる事は、頭にはなかったのでした。



分からないなりにも私はこう考えていました。
『今、日本では自分の分からない人の事を、すぐに病気であると言う風潮があるのかもしれない。
だから、そう思う人も出て来るのかもしれない。』



そうして、そういう自分が創りあげられてしまう。
そんな風潮があるような気がするのです。



けれども!私の思考回路は少し違ったのです。
いくら昔に聞いた言葉でも、気にかかる言葉が時と時空を超えて


『ちゃんと表出されてその言葉がヨミガエル事が可能なのです。』

そして、この言葉です。

「ピンチは、チャンス」どこかで聞いた良い言葉に救われていたのです。



『県の、児童相談センターに母と赴きました』


私は、今も、当時も静岡県在住で、母は大阪在住。
母は、70代半ばです。


私は、その母に「発達障害について調べる為に親御さんとの面談が必須である事実を通達しました。」

(※自分で調べ県の、児童養護相談センターに伺いを立て予定を組みましたが、
すごく、すごく勇気の要る日でした。朝から緊張でした。なぜなら私は大人だったからです。)


(※母を気遣う気持ちと、申し訳なさの気持ちと、様々な感情に押しつぶされながらでしたね。)


数日後、大阪から母が来てくれました。
母は、何も、誰も攻めもせずに、ただ来てくれて、


ただ、県の児童養護センターの職員さんの問いかけや話を聞いたり
答えたりしてくれました。


当日はまるで何かの取り調べを受けているような気持ちと言うよりも、
『ただただ一言の真意を知りたかっただけなのです。』



結果は、どちらでもない。という事でした。
でもその可能性もあると言う事でした。

不思議な物で、心配ならば精神病院の受診してください。と言う見解でした。
そこでも、私は心配ない!とは思えずにいました。


心配であったのです。
心配という気持ちが、確かにあったのです。


だから【自分の感情に嘘を、つきたくなかったのです。】
それよりも精神病院という場所に行きたくないくらいでした。



でも、県の児童相談センターの方が、言うのだから何か意味があるに違いない!
そう考えていました。



それは、
『どっちつかずがとても気味が悪く身体にも心にも良くない事だと感じた私がいるから』
でした。



たった一言だからと、
『済まされない問題だったのです。』


だから、笑って笑い話にして、
言われるままに自分は違うよ。


『言いたい人が要っているだけの言葉さ』
気にしない。では済まされなかったのです。


だからと言って、言った人を責めてはいません。
逆に、知らない言葉を教えてくれて、


『本当にありがとうね。』
そう考えられるのです。




他人の見解により左右されている自分を、確かめてみたかったのです。
そして感情の大渦の中ででも、確固とした自分が見たかったのです




これを、造る為にです。
そして世の中に貢献したい。
その一心でした。
https://happiko.thebase.in/items/34016045




しかし一歩間違えていれば、
私の人生は、心療内科や心のケアクリニック、精神内科通院の日々になっていたのです。



誰かの一言で「自分はそうかもしれない」と信じ込み、
その後「そうなっていたかもしれない」。のです。



紙一重なのです。】



当時、発達障害ではないということも、そうである。ということも
全ては、医師の見解によるものと、誰かの『一言によるものです。


『私の中には何一つ、なかったと思われる物だった事が分かると思います。』

(※言葉の恐ろしさを、ひしひしと感じる。)



始めて誰かに聞いたり、見たりする事に対しての注意。


私は発達障害であるか分からないと言う見解。
なので非常に分かりずらい所にいました。


そうならそうで、そうだし、
違うなら違うで、そうでいい。


でも一番分かりずらい。真ん中だったのです。
そこを医療界、精神科の先生方にもかかり診断して頂きました。

(※そうする以外手立てがないかのような現代ですが、果たしてそうでしょうか?
その事を、自分の目と耳と身体と5感、第6感の全てを使ってでも感じたかった。)



先生のいう事には
『薬要りますか?』
『精神的な苦痛を感じたら処方出来ますよ。』でした。



これに対して、私はこう答えます。
『薬は必要ではありません、』



先生は、言います。
『もしも必要なら、次回の予約をとってくださいね。』



私は察しました。

『ここに次来たら、私、薬ずけ!それだけは避けたい!』


私は一度否定してみましたが、今度は否定せずにこう答えます。
『えぇ、、そうですね。』




その日、自宅に到着するなり、
今後の道にこの事を絶対に役立てれる!



燃え上がるような情熱が、また湧き上がるのを一人かみしめていました。




ここでも、
この表現は適用されたのです。



誰かの一言で「自分はそうかもしれない」と信じ込み、
その後「そうなっていたかもしれない」。



私は、まだあの頃自分が
分からない状態なので自信がなかったのです。



(※人はこのような些細な一言で死にも至るし、生きる力に変える事も可能なのです。
けれども、本当に些細な一言に世の中には本当に命を自ら断ってしまう方もいるのです。)




でも、それなりに何かを発信する側にいる事だけははっきりと理解していました。
だから私の内面はいつも亀裂が生じていたのです。


繊細で、何かに当たれば瞬間的に反応していたので、
自分でも分からないほどだったので、



分からなかった物を、探している最中でしたので、
敏感に反応してしまったのが一言であったのです。



発達障害なの?』



今、言えるのです。
もしそうだとしても、
そうでないとしても、


『心の持ち方一つで、違うよ!』と、
ハッキリ言い返す事が出来て、


その場で、その人に向ってきっちり言う事だって出来るのです。
そう、分かっていれば。



『その一言の、根拠はどこからきているのですか?』と。
『また、そうであったとしてそれが貴方と私の人生の『今』において何の問題なのですか?』


なぜ、その人の口からそのような言葉が出たのか?
それは、私には到底理解する事は出来ません。


なぜなら?
私は、どんな人にも『発達障害なの?』とは直接は聞かないからです。
それよりも、その人を知ろうとする方が人生は数倍も万倍も面白さを増し、


【私の人生に色を加える事が、はっきりと理解出来たからです。】



人を知ろうとする事で、
自分の明確さに欠けている事にも気づける私になり、
人を知ろうとする事が、自分の根拠の理解にも繋がるのです。



分からない頃の私の根拠はまだ、
あいまいなものでしかありませんでした。



それが今では、確固とした強靭な根拠と形を変えて来ているのです
怖いほどにです。



なので根のシンさんのこの言葉が今、とても気になるのです。



「そこには何もなかった。でも全てはそこにあった。
根のシン。」


確か・・
こうだった。(間違えてたらごめんなさい)
午前6:43 ? 2021年6月28日?Twitter for Androidより。



だから皆さんも、もし誰かの心ない『一言』に心傷ついてしまっても、
『どうか、自分が何なのか?』を追究出来るチャンスだと、


捉えることで、一回り大きく成長してくれたらうれしいし、
何より、薬に依存するでも、しないでも。


どちらも自分で選べれる『今』を、生きていける。
そうしたチョイスもあったのか。


バカみたいな奴が、言ってたな。
そのくらいでいいので覚えていてくれたら嬉しいです。



今日は、大事で貴重な皆さんのお時間をありがとうございました。
また、皆さんのお力になるような情報を配信しますね。


ではまた。
皆さん、お元気でお過ごしくださいね。



ありがとうございました。



心理養成講師の松本幸子でした。







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