なぜ、幸せでなければならないのか?

 

 

 


みなさんいつも本当にありがとうございます。
心理養成講師の松本幸子です。



私は最近、90歳のミカさんと言う。
ものすごい人を、知ってしまいました。



90歳日本最高齢インストラクタータキミカさんです。
https://www.youtube.com/watch?v=fkei3ZBQIXQ



今日の、テーマは「なぜ幸せでなければならないのか?」です。


社会では、誰も幸せを作ろうとしているように思います。
私も、そう思う事があります。


なぜ、幸せでいた方がいいのでしょう?


最近、こんな事がありました。


私は、普通にある空間に入りました。
そこには、初めて会う訳ではない方が、入って来ました。


でも、その方は私を知っています。
私も、その方を知っています。


知っていると言いましても、
私は、その方の、お顔を見たくらいで、
その方も、多分その程度だったと思います。


あるお部屋に私は入っていました。
私は、そこで
自分の業務を行い、次にその方が入って来て、


その方の、業務に移行する事となっていました。

でも、移行する時が、いつなのか?
私は、分かりませんでした。


それは、私が行っていた業務の終わりの間に、その方の業務が入っていると言う考えが、
あったからです。



でも、その場では、その問題を処理出来ませんでした。




さらに、その時、どうするのか?
すぐに聞けずにいました。


私は、思いました。
その方は、その業務の先輩なのできっと次に移行するのはココだと


「初めてだから、教えてくれるだろう。」



私は、自分の業務が終わってから、
約10秒程、その場で待っていました。


するとその方は、
このように言いました。



「出て行って」



私は、少し驚いてその場を追い出されるような気持ちのまま、
何も言わずに、その場を出ました。



その後、胸のあたりがなんとなくもやもやしました。
原因は、すぐに分かりました。


しかし、この原因をどう処理するのかが、
その時、私には問われました。



この問題は、一見すれば些細ですが重大です。



小さい問題は、すぐに時間の経過で次の業務に移行した時点で、
「過去の事と、なります。」


すると、もう何を、どのように処理すればいいのか?

「当事者でも、分からなくなるのです。」
それに、後になれば、後になるほど、


尾ひれ、葉ひれが付いて来て、

「その場の、本当に処理しなければならない問題が、次々に来ます。」


次第に、時間が作用してきますので、もう午前~午後へ、
さらに、翌日~週末へ、


さらに、月初め~月末へ、
さらに、年末へ、・・・。
さらに、一年~二年・・。


些細な問題の、処理はこうして闇雲にうずもれてしまう訳です。


そして、この問題の事を、
一番大事にしなければいけない本人が、


「まぁいいか。」で終わらせている場合が非常に多い訳です。



まぁ、忙しいのでそんな問題に、いちいち時間を取ってられない!
自分で、なんとかして!


だいたいそんなところです。


では、なぜ、私がそんな些細な問題を、いちいち取り上げてここ迄書き続けているのか?


理由が、あります。



思考で、行われている事。
そして、私がいた部屋から、追い出されたような気がした事。


これは、どちらも別の問題ではありません。


「どちらも同じ人間の内面で行われている重大な問題なのです。」


私の居る環境にでも些細な問題になればなるほど軽視される傾向にあります。
その些細な問題に誰もが、構ってられないのです。



構ってられないので、問題を持ち出す私は嫌がられます。
でも、その問題を嫌がられないようにお伝えしているのは、



「ズバ抜けた、問題処理能力で、健康で幸せになる。」なのです。
私の、「問題処理方法の根底には、幸せ、健康への願いが流れています。」



私達の内面には、脳という機能が備わっています。
私が居た部屋は、部屋ですが、
脳は、頭蓋骨という言わば部屋のような箱のような個体に収められています。


個人個人、脳を持ち合わせては、います。
脳には、特徴があります。


「私たちの脳には、自他を認識しきれない。」と言うものがある事はご存じかと思います。



同じ部屋にいた私に、「あまり知らないからなのか?」何なのか?は、
分かりませんが、


赤の他人に向って、
「出て行って」と言う事は、




脳内に、今迄あったけれど、あまり知らない物が見つかり。
あまり、分からないのでその場では、いらない。と思って、


出そう。と言う事をしている。
と言う事になるのです。



まぁ、いらないなら、捨てる訳ですが。
「普通は。」




脳内に「いらない物は、ありません。」



脳内に、ある物は全て本当に必要です。
脳内細胞の数は?



脳細胞の数は生まれてから1~2か月時まで増加し、それ以降増加しません。

大脳の神経細胞数は約140億個と推定されていますが、
大脳の深い所にある細胞や小脳の細胞を入れると1000~2000億と推定されています。
(※グーグルさまより)




では、なぜ?
必要なのか?
増加しないからなのですね。


貴方は、出来るだけ身軽にいたいですよね?
出来るだけ肩の荷を、軽くして未来を迎えたいですね?


でも、増加しないなら?
大事にしていきたいと思いますよね。



では、この文章はいかがでしょうか?


「脳内に、入り込んで来た何かが、元々あった何かから、攻撃された。」



これは、私が「出て行って」と、元々いた人から言われた光景と同じような物で、



脳内に元々、あった状態の処に、今迄見た事は、あっても中身が分からない物が入りこんで来た。



だから、「出て行って」と言った。


なんだか、当然のような話ですが、言われた私は傷つきました。
ほんの10秒の事でした。



※私はどんな事を言われてもこれ

https://siako.hatenablog.com/entry/2019/10/15/142127


が、あるので全てエネルギーに変えれるのですが、
「出て行って」と、言っている人は、それこそ細胞を自分で外に出しているという事。



私に言っていると言いましても、
さっき書きましたね。


「脳は自他を。認識出来ない。」




(※)こんな光景がありました。
朝のラッシュ時、駅構内トイレ洗面台で、


台の上に、誰かが置いたゴミがあった。
それを、見た時。


「自分の事ではないのですが、心のどこかで責めている自分がいる。」
こんな時が、ありました。



不思議なのですが、私は、ゴミを捨ててあってもいいと思うのです
でも、脳内のどこかでは、


「ちゃんと、捨てない人はいけない。」と言う私もある訳です。


些細な事なのです。


でも、脳内では、
自分と、他人が、区別出来ていない。


その事が、この些細な事から、少しでも理解出来たのではないでしょうか?


「目の前に現れた現実から、自分ではない自分に出会っている。」



その時、少しでも、嫌な気持ちがあります。
それが、自分の事ではないにも関わらず起こるのです。


(※例え話として実体験より掲載)




しかし、先ほど書いた、脳の特徴を覚えていますか?
「脳は自他の、認識が出来ない。」



そうなんです。
言葉や、気持ちでこの時、この方の中では



「当然のことです。」が、




「脳内では、違うのです。」




脳内では、「確実に傷を受けていると言う事になるのです。」



些細な事なのです。
わずか、10秒の出来事なのです。



それだけではありません。


脳と言う組織の塊が、一体貴方や、私の身体にとってどのような働きをしてくれているのか?
と言いますと、


脳は、私たちの身体の、命、心臓、内臓、筋肉、肌、髪、思考、動き、排泄、吸収、・・・
無限に行ってくれている訳です。




たったの10秒の些細な出来事を、そのままで過ごせば一体どうなるか?
わかりますか?



ストレスは、解消するというよりも使えば必要な物である事が理解出来ます。
それを、解消しようとするので、何かが失われるような感覚に代わる訳です。



ストレスを、多くの人は嫌いますが、
本当の幸せな人とは?



ストレスに対する姿勢が、格段に上であるのです。
それは、強いと受け取れますが、


同じ人間。
最初は、誰もがひよっこ




【出来るようになります。】




そのヒントがこのお話です。
https://siako.hatenablog.com/entry/2019/10/15/142127




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進化している時って、どういう感覚?

 

 

 

みなさんいつも本当にありがとうございます。

心理養成講師の松本幸子です。

 

 

最近、YouTubeを、よく見ています。

一番良く見ているのは街録CHです。

 

 

 

元笑っていいとものADさん

三谷さんと言う方のCHです。

 

 

一番最初に見たのが東野さんが出ていた動画でした。

 

 

すごくお話が優しくて、聞いているうちに

引き込まれてしまいます。

 

色々な人生がある事を、知る事で

今迄、知らなかった世界を、見れるような気がしています。

 

 

今日の、テーマは「進化している時って、どういう感覚?」です。

 

 

私が、52年という時間を魂磨きの為だけに使って来たと言い切れるのには、

意味があります。

 

 

その意味は、最初からあった訳ではありません。

最初は、ただただ人生が、何なのかが分からない状態でした。

 

 

若気の至りを、たくさん経験してきました。

周りの大人は言いました。

 

 

「もっと、自分を大事にしなさいね。」

でも、私にはその意味が全く分かりませんでした。

 

 

周りの大人は言いますが、

「今、すごく楽しいからいい。」

 

そう思っていました。

 

 

ただただ毎日、楽しければ良かった時代を、過ごしていました。

 

 

そんな時間を、過ごしていた私に訪れた転機があります。

34歳くらいの時に、あるファスト・フード店の店長を任された時期がありました。

 

 

そこで、新しい新人さん入って来るのですが、

すぐに辞めて行く訳です。

 

 

理由は、最初分かりませんでした。

誰も、何も言いませんでした。

 

 

でも、私は店長を、していました。

 

ある日、私は自分に原因があるのではないだろうか?と、

考え出します。

 

 

若い年代の、アルバイトさんが、

入っては、止めて行くのを何とか食い止めたかったのです。

 

 

でも、一体何が原因か分かりませんでした。

 

 

それでも、私は、店長を続けていました。

その時、心の中では毎日悩んでいました。

 

 

「どうしたらいいのか?」

「何をしたらいいのか?」

 

 

見当が全くつかない日々を、送っている時。

私は、あるアルバイトさんを食事に誘います。

 

 

そこで、聞きました。

「何が、問題なのか、分からない。」

「どうしたらいいのか、わからない。」

 

 

アルバイトさんは、高校3年の男子でした。

私は、当時そんな事さえも分からない人間でした。

 

 

 

ただ、売り上げを上げる為だけのアルバイトだと考えていました。

 

もう、今では考えられないほどの悪店長でした。

 

 

良くない自分を、なんとかしなければいけない。

本気で考え直すきっかけを、私にくれたのは、

 

 

当時の、高校生だった男子と、高校生だった女の子でした。

なぜかと言うと、

 

 

彼等は、私に何を言われても聞くような子たちだったのです。

私は、その聞き役にあるアルバイトさんに教えられていました。

 

 

彼等は、当時「自分は、今のままではいけない。」

そう言いました。

 

 

その言葉を聞いた時、私は八ッとした事を今でも覚えています。

 

 

あの時、彼らの「自分は、今のままではいけない。」という言葉が、

今の、私の原点に繋がり出すきっかけになっているのです。

 

 

あの頃から私は、人生が上手く行かない時こそ。

教えてくれるのは、年上だとか関係ないのかもしれない。

 

 

「そう思っています。」

 

 

若いから。

ただ、普通に聞けば思うかもしれません。

 

 

「年下のくせに・・・」

 

 

でも、私の場合違っていました。

「年下でも、教えられる事がある。」のでした。

 

 

なぜなら、あの言葉が今でも浮かんで来るからです。

そして、あの言葉を聞けて本当に良かったと思っているからです。

 

 

それから暫くしてから私は魂磨きの道に繋がる日々を、

送る事になるのです。

 

 

単に、上辺だけの何かを変えればいいだけなら上手に出来たのかもしれませんが、

 

私には、そんな器用さがないので、

どうせなら人間ごと変えてしまおう。

 

 

そう思い込んだのです。

そう決めたのです。

 

 

それには、何かの流れを作り出し、その通りにしてもらう。

それだけでは、達成出来ない何かが必要だと考えたのです。

 

 

形だけで良ければ、それでもいいのでしょうが、

私は、それが例え出来たとしても満足は出来ない事は、

頭のどこかで分かっていました。

 

 

完全に天狗でした。

その前までやっていた仕事に自信を持っていたからでした。

 

 

そう考えていたのは私の経験値にあります。

店長を、する前ですが、

 

私は、ある家具製造を仕事としていました。

そこで私は、完全に注文を受けてから原寸を書き出して、

 

 

どのように造るのか、何を使って造るのか、

どの材料で造るのか、いつまでに造るのか。全て一人で行っていました。

 

 

もちろん最初は、師匠さんについていました。

その方の元で、仕事をさせて頂いていました。

 

 

ずぶの素人で、何の資格も、学歴も何もない私がなぜその家具製造会社に、

入れたのか?

 

 

仕事を、探していたのです。

その時、就職雑誌に一つだけ何か特別な空気感を感じさせる広告がありました。

 

何かの設計図を、小さな形に美しく書かれてある線でした。

 

「何だか、分からないけれど行ってみよう。」

最初は、そんな軽い気持ちでした。

 

 

その場所に到着した私の視界に飛び込んで来たのが、

工房でした。

 

 

床にはおがくずが、あちこちに落ちていて

辺りを、見渡せば職人さんが3人くらいいらっしゃり。

 

 

真剣に何か、初めて見る物を手造りしている。

 

まるで、おもちゃ箱に入り込んだようでした。

 

そこで、私はこう言っていました。

「お給料はいりません!」

「ここで働かせてください!」

 

 

社長さんは、言いました。

「そこまで言うなら、来ていいよ。」

 

 

それで、最初は本当にタダ働きから始まりました。

そこで、いろいろ教えて頂いてから私は

 

 

最初は、ありとあらゆる失敗を繰り返します。

 

最初は、優しかった師匠さんも

「お前は・・・」

 

 

ほとんど、何をやってもダメでした。

でも、私はあきらめる事はありませんでした。

 

 

その失敗は私にとって、

毎日でした。

 

 

失敗し続ける事で、

 

 

当時、私の事を、小ばかにしてくる職人さんはいました。

でも、お師匠さんだけは違いました。

 

 

 

いくら失敗しても、怒らない方でした。

周りの職人さんは、怒りました。

 

 

お師匠さんは、

「あと、3年もしたら絶対追い抜けるから。」

 

今の周りの人に惑わされないでやる事。

 

 

「あきらめない事。」

 

 

そう言う言葉を、かけてくださるような方でした。

 

 

最初は、出来なくて当然だという考え方なのでした。

材料の原価が高い材木を、寸法計りのミスを、

 

 

考えられないほどの確率で、バッサ、バッサ間違って切り倒していく私を、

当たり前のように、その他の職人さんは、

 

 

滅茶苦茶怒りまくる訳です。

 

当然です。

原価に計算すれば、何万円もするような高価な材料を、

任せたら、任せた分だけ、失敗する訳ですから。

 

 

会社としては、大赤字を出す原因でした。

 

 

しかし、そんな時もお師匠さんは、

 

 

「お前は、アホか・・・」

と、だけ言って、

 

 

再度、新しく材料を仕入れてくださる訳です。

(※器のでかさは、はんぱありませんでした。)

 

 

そこで私は、失敗と言う、進化を実体験としてさせて頂く訳です。

 

そこで覚えた進化とは?

物造りを通じてした物です。

 

 

それ迄、完全にダメな新入りが、

ある時期を、境にみるみる腕っぷしを上げ出したのです。

 

 

その頃になると、

「メンタルが、作品に出る事を、学びだしていたのです。」

 

 

進化している瞬間。

私の内面では一体どんな事が、起こっていたのかといいますと。

 

 

何かが、たまらなく欲しいと感じていました。

それは、見えない物でした。

 

 

それは、思いと言う形のない物でした。

でも、当時の私にはそれが未だ見えませんでした。

 

 

 

今なら、分かるのですが、私の中の進化は、

 

 

何かを、私が見た時。

 

私は、それを「欲しい!」と感じる訳です。

 

 

その時、私は間違えやすい事が分かったのです。

 

 

「何が、欲しいのか?」

 

 

この「問に、気が付いたのです。」

 

 

これが、

 

 

伸びようとしている。つまり「進化しようとしている。」または、

 

「進化している時。」なのです。

 

 

と言う事が、言えるのです。

 

 

 

進化しようとしている時と言うのは、

人生の中では、

 

 

こうした考え方に触れた時、

一気に見えない所で増えているのです。

 

 

 

これは、貴方が私を見た時もそうですし、

私が、貴方を見た時も、やはりそうなのです。

 

 

 

これに気づいた人だけが、お互いの進化に気づけるのです。

 

 

 

最後まで、お読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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進化の感覚ってどういう感覚?

何か欲しい時、そう何かがたまらなく欲しい時。

 

それが、進化している時。

それは、日常にあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行動を、起こす事に対する対価

 

 


みなさんいつも本当にありがとうございます。
心理養成講師の松本幸子です。


今日、私は朝から首を寝違えました。
久しぶりの事だったので痛かったのですが、


そういう時は、無理をしないで
周りとの連絡もちゃんととりまして、
ゆっくりと静養に励んでいます。


休息を取り入れる事が、出来たので
今、だんだんと改善の方向に向かっています。


このまま行けば、夕方にはすっかり完治している事が自分で
分かりましたのでこうしてメルマガを書いています。



本日のテーマは、「行動を、起こす事に対する対価」です。



私が、魂磨きの道に入った頃には未だ、
手元にPCも、端末もない時代でした。



まだ、世間的にPCは、「怪しくて怖い物だ」という風潮があって
当時の私の周りの人たちは、ほぼほぼガラケーを、使用していました。



そんな中、私もガラケーを使っていました。
しばらくして、PCをテレビで販売している事を知りました。


その番組が、ジャパンネット・たかたさん。
迷わずに、買いました。



その当時でも、まだスマフォは持ってませんでした。
PCを、触るようになりだした頃チラホラと当時の私の目に止まり出したのが、



ハウエイという会社のスマフォでした。
即、買いました。



それからしばらくしてから、
今のようなスマフォが販売されている事を、知りだしました。



あの当時、私の周りにいた人たちは今、
誰一人もいません。



この事実を、私はとても良い事であると心の底から思っています。
魂の磨き込みを、始め出す事で得られるメリットは、


はっきり言葉では表現できないような価値のある物です。
なぜなら、目には映らないからです。



何かを、支払う事で欲しかった物が手に入る喜びを、
知っていた私は、最初思います。



「多分、これだ」
「今迄とは、違うから、そう感じる。」



感覚でしかありませんでした。
だから一人でやってました。



来る日も、来る日もです。
何をし続けたのかと言いますと、



言葉を、一旦出す前に、止めたのです。
言いたい事は、山ほどありましたが、


それを、一旦完全に止めてみたのです。



それは、毎日続きました。
今でも、続いています。



でも、何も言わないわけではないのです。
コミュニケーションは、ちゃんととっているので、
人間関係は、どんどん良い方向に向かっているのです。



言葉を、一旦止めるという物を、
私は、「一つの行動と、呼んでいます。」




行動の意味を、考えた時。
少し、違うような感覚が、あります。



行動を、調べてみますと、
「ある事を行うこと。行い。」と出ます。




貴方は、行動と言えばいったいどのような動きを思いつくでしょう

「何かを、目的の為に行う事」でしょうか?
「やるべき事を、目的の為にやる動き」のことでしょうか?



行動と聴くと、何かを、何かの為にしなければならない。ような感覚に
なる私です。



こう思うのは人間なら普通な事です。
人間には、本来そうした表面化されてはいませんが、


何かを、始める時には必ずその物に対する抵抗のような感覚を、
自然と作り出しているという働きがあるのです。




今迄の生き方は、貴方の人生です。
今迄、生きて来た生き方は、貴方そのもの。



誰にも何も言われたくなんてないですよね。
絶対に変えたくなんて、ないですよね。



それで当然なんです。
この感覚は、誰にでもありますので安心してくださいね。



感覚的な物を、何とかしようとしても人生は絶対に変えられません
例え、その何かの方法が確実に成果が上がりますよ。と言われたって、



私達は、それを行動にまで変えてみたい。とは思いません。
最初から、疑ってかかります。



私の場合、普通の人よりもその気持ちが巨大でした。
私の場合、普通ではない程に自分の人生について不確かな物に
対する何かが、見えていたのでそれがはっきりと出ていました。




それは、どんな所で出ていたのかと言いますと、

少しでも怪しいと、思った時点で疑う。
それは、自分の人生に関わる事になるか、ならないかの瀬戸際だからです。



感覚的にでしたが、目に映る物に何かを感じだした頃から、
目に見える物が信じられなくなっていたのです。



だから、人間である自分についてもっと何か凄い事が隠されていると感じたのです。
見えたり、聞こえたりする事を、吟味したいと言う欲求が沸き起こって来たのもこの頃です。



それは、自分と言う存在の事を、誰よりも自分で知る必要がある。のだと心のどこかで
感じていたのだと思います。




そこで私は「誰にも何も言わず、行動を、起こしたのです。」

「言葉を、出す事を、止める」と言う行動です。


ところが、

「言葉を出すことを止め続ける事で、周りから変人扱いされた。」
「言葉を、出す事を止める事で、他人の愚痴が本当に下らない事だと思って、
顔に出て、その人から距離を置かれた。」



当然な流れです。


しかし、対して、
「言葉を、止めた事で集まって来る人の顔が変わり出した。」と言う事もありました。

(※この些細な経験が、その後の結果への大きなモチベーションとなったのです。)





私の場合の行動は、言葉を出すことを止めた事です。
これを、行動と言っているのは、行動と言う考えとは、


普通、行動のイメージは、
それを、行動に起こさなければ、行動ではない。



と言った、思い込みがあるように感じ、
何かを起こす事は、確かに誰の目にも見える行動なので、


「認められる機会がある」


すると、評価が頂けるのでその後の励みにも繋がる。



すると、嬉しいのから、


やる気が出て来て、
それを、行う自分が好きになる。


それを、見ている人にも見えるので、
明確になるのでお互いにいい感じになれるのですが、



魂を磨く事に関しての行動と言うのは、視点が変わってくるので、
その反対に位置する訳です。



もちろん何かを良い事を、行動に起こす事は確かに素晴らしい事ですが、
「魂を磨く事は、人生を通じての、モチベーションにダイレクトに繋がる。」


という視点で、行動を考えた時、



少しだけ意味が変わり始めます。

魂を磨く事は、表には見えません。


誰の評価でもありません。
誰に認めてもらいたいと言う事では、ないのです。



魂磨きは、自分磨きなのです。




社会のトラブルに、出会った時。
行動が奏して良い結果が得られた。



そうした話はたくさんあります。


その話には、行動の対価に何を、求めているのか?を、
考えて行けば自ずと答えは、導き出されます。




社会での、求められている行動の対価にあげられる物。
「それはお金」や、「見える成果」や、その他様々な事ではないでしょうか?




【魂磨きで得られる成果は、それらの物ではありません。】

魂を、磨く事は、自分を磨く事と先ほど言いました。




魂磨きで、私が得たかった物は「お金ではありませんでした。」
魂磨きで、私が人生を通じて得たかった物。



それは、形ではなかったのです。



この思考にたどり着くまでに時間をかけて来たのです。
この為だけに、言葉を止めたのです。



言葉を、止めるという、行動は、
引き算を、しているような感覚と言えばいいのでしょう。



また、彫刻をしているような作家のような心境と言ってもいいでしょう。
彫刻をした経験は、ありますが、どんな物を造り上げたいのかを、


「決めるのは自分」です。


そして、元の原材料を、何にしようかを、


「決めるのも、自分です。」



魂磨きは、そのような感覚に近い物です。

【創造性を、かき立て自分の意志で行う行動なのです。】



でも、誰の目にも止まる事がないのです。



しかし、必ず結果は形として私の目に確実に姿を映し出しました。
ある日突然に。です。



最後まで、お読み頂きまして本当に
ありがとうございました。





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目標は、あっという間に何かにすり替えられているもの。

 

 

 

 

みなさんいつも本当にありがとうございます。

心理養成講師の松本幸子です。

 

 

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最近、私は以前までよく飲んでいましたプロテイン摂取をやめています。

 

 

私、筋肉付けたくて

パルク北村さんという、ボディビルダーさんのYouTubeを、見せて頂いた時、

 

 

 

でかいけど自然な筋肉を、とても綺麗だなぁと思ったのです。

 

 

きっと食事にも、気を付けているのでしょう。

その当時のYouTubeで、パルク北村さんは、

 

 

「日常の食事から、プロテインを摂取している。」と、

おっしゃっていました。

 

 

私は、それ迄甘いプロテインを好んで頂いてたのですが、

トイレの時、フレーバーの匂いが気になりだしていたのです。

 

 

そして、多分自分は摂取過多なんだと考え、

 

 

最近プロテイン摂取を一時的に中断しています。

代わりに、パルク北村さんが、あの当時におっしゃっていた。

「日常の食事で、プロテインを摂取している。」を、実践しています。

 

 

すると気になっていた、尿のフレーバー臭も、

消えて本来の臭になりつつあります。

 

 

 

私がプロテインを摂取している目的は、

筋肉を、つけたいから。であって、

 

 

甘味を、味わう為ではなかったはずなのですが、

甘味に気をとられていたので、

 

 

一石二鳥を、狙っていたのです。

なんでもそうですが、

 

 

目標は、あっという間に何かにすり替えられているもの。

だと思いました。

 

 

 

さて、今日のテーマは

「目標は、あっという間に何かにすり替えられているもの。」です。

 

 

貴方は、自分の目標に正直ですか?

私は、正直ではなかったです。

 

 

この国は本当に自由な国。

誰にも何をしても、何も言えない人権という法律があります。

 

 

この国にいる時、私たちは人権によって守られています。

そして自由を、約束されています。

 

 

どこで何をしていても誰も何も言えないのです。

では、そんな自由な国に住む私たちですが、

 

 

なぜか?悩みがあります。

また、その悩みから解放されるには、