人生は、素晴らしい経験の為にある

 


みなさんいつもありがとうございます。
心理養成講師の松本幸子です。


何かを嬉しいと感じることは本当にしあわせ
なんだけど、


それはとても些細で、見失いやすくて
儚いもの。


大きな物にすぐにさえぎられてしまうもの。
でも、些細で見えずらい物のことを、一番大事にする。


嘘みたいな本当のお話。


どことなく似ている物がある。
私を居ないように扱う人がいた。


私が目の前にいるのに、
まるで私が居ないかのように他の人とは楽しそうに話す人がいた。


人生は、そんなものの為にあるんじゃないんだ。


世界には、二通りのタイプがあると仮定する。


1、言う事で発散するタイプ。
2、言われるタイプ。


どちらが、どうだとかの事よりも、少し先の話を今日は、
して行こうと思います。


言う事で、発散するタイプにあたってしまう中には、
言われた人がいて、亡くなってく。



社会には、そういうニュースがある。
そのニュースを、目にする度に私は自分の力は非力であると思う。


社会の中には、本気に生きようとした途端に
同じか、それ以上の勢いで上から抑えつけてくる力がある。


それは、私が今迄、肌身で感じた実体験です。
まるで、先の尖った矢のような物が、

胸に突き刺さるような感覚が、ある。

実際には、目には見えません。
でも、感覚として受けるわけです。


受け取り方が、悪いんだよ。
最初は、そう思っていましたが、

実際は、そんな物では無いわけです。
実際に、目には見えない負のエネルギーは

あるわけです。


でも、その中を自分の成長をたのしんで見れるように
造り上げた物が、


こちらの、新!妖怪ゲーム心理ブログ講座です。
オール・カラーのイラスト講座で、

実践の中で、本当に必要な苦しい時のあり方を、
こんな風なら、出来そうだな。

そういう所に、焦点を向けて造り込みました。
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社会には二通りの人がいるとして、
何かの原因で、亡くなる人がいて。


それに関わる、対抗の場所にいるとしても
その時、起きた出来事にさえ、


何の意味も見いだせないのなら?
肉と骨が、ただこの世界から無くなったと捉えるなら。



命の価値は、一体、どれほど軽くみられているのだろう?
責めているわけではなく。


命の価値を、何かを発散することに使うとしても、
命の価値を、言われることに使うとしてもだ。


やるか、やられるかのどちらかだとしてもだ。

それを、どうだとか言っているのではないことを、
分かって頂きたい。


それは、私でも、そのどちらでもあるからだ。
でも、そういう苦い経験が両方を見ている視点を、

与えられたきっかけとなって
中道といえば、聞こえはいいが、


どちらでもあるという場所に居るのだから。


どちらでも構わないと思う。
ただ、それをいけない事だと気が付いたなら


態度を変える時だと思うし、
そのままでいいと思うなら、

それは、それで構わないのだと思う。



ただ、問題なのは。
今、どこに居ようとも。


どちらという、片側に居ても
何かを、否定した時に


人間の進化という素晴らしい物が止まってしまう。と言う事が
言いたいのだ。



私は、人間の住んでいる場所や、国や、団体等には
割りに、こだわる。


でも、真のところでは人間の居る場所には、
現在地と言う見えるようで、


見えない場所が存在しているのだと考えている。


その世界観は、あまりにも凄すぎて誰にも話してはいないが、
SNSで、小出しにして行こうと考えている。


その触りのような物が、
このお話です。


おじょじょちゃんと、かんちゃんのお話無料BOOK
https://siako.hatenablog.com/entry/2019/10/15/142127




その中を、簡単に、紹介しますと、



感情には様々な段階があって、その中からザッと1~8段階を書いて行きます。

実際は3つに絞られます。 最初なので、簡単にまとめてみると、



1、不満

2、不服

3、不安

4、さみしさ

5、イラつき

6、ムカツキ

7、辛さ

8、排除(恐れ)



おおよそ8段階に分けていますが、
ここでは、おおよそで


実際は、7段階として今考えています。

その7段階は、このお話よりも多い内容ですが


コツコツと、実は今、メルマガと、アメブロで配信している物がそ
何千分の1づつになります。

なので、内容としての感覚としては
つかみどころが見当たらないと思います。

まるで、ジグゾー・パズルみたいな感じが近いと思います。



先ほど、何かを否定した時
進化は止まるという事を、書きましたが。



これは、たとえ、何かを言われたような、場合でも同じことになるのです。
とても厳しいことを、書いている事は承知しています。



今、社会の中には本当に、この人殺意があるんじゃないの?
そうでなければあんな事、絶対言わないはず。


そう思えるような言葉を、
本当に、ウソみたいな話ですがあります。



でも、言われたとしても。
言った事を、どうにかして欲しいのはあっても。


現実は更に、酷く。
「嫌なら、辞めていいよ」の一言で終わるのです。


と、いう事は。
言われてもそのままで何も外側に至っては変わることは皆無です。


悲しいですが、現実です。


いじめという問題解決には様々な解決策がある訳ですが、
その多くは、私にとって、面白くないと思えたわけです。



ある解決策に至っては、
「勉強が出来たら、いじめられなくなった」


それは、勉強が出来たら終わるのだろうけど、
そうではない。



勉強が出来るとか、出来ないとか、
そういう問題ではなく。


例えばですが、勉強が出来たらいいというシチュエーションは
学校等の、人が集まる場所なわけです。


もちろん出来るに越したことはないのですが、
ある一定の期間さえあれば、勉強は出来ると私は考えています。



それと勉強が出来るからいいという考えの一番怖いなと思うのが、
何かを、出来る人は、何かを出来ない人を、否定する場合がある。

ということです。


出来たから、見える世界というのがあるとして、
そこから見える世界は、まだ出来ない人だったりするわけです。



その場所が小さな箱に見られるような学校等、
人数に変化のあまりない環境である場合。


空気が流れると私は考えます。
仲良く出来るか、出来ないかの問われるのがこうした環境であると
考えています。


出来るから余裕な人は、
出来ない人に、教えてあげれば更に士気も高まるだろうに、

そう考えるのです。

それは、幼い頃から、教育に仕込まれていたなら
出来る人が、出来ない人に教えることを学べる機会が出来るという事になると。


そういう人が、リーダーシップを、とった時どうなるか?
想像しやすいし、上手く行くことの確率が上がるというわけだ。



それに何かを、否定しないということが身に付くのは必然的に
思考が、肯定脳になっているということになるのだ。


それは、そのまま
このお話を、実践で行っているような事になっていて


このお話を、実践したかのような思考になっているというのは
実際どのような体の状態なのか?と言えば


それは、温かい心。
つまり温かく、本当の意味での強いメンタルを持っていることになるのだ。



そういう肉体と、精神を手に出来た人は
進化を続けることが、一生可能であるという事なのです。



それは、このお話を読んで頂ければ分かるのですが


おじょじょちゃんと、かんちゃんのお話無料BOOK
https://siako.hatenablog.com/entry/2019/10/15/142127


ストレスって身体を冷やしている物であることが、お判り頂けると思います。
そして、そのストレスを、温める事が、このお話で可能である事がお判り頂けると思います。



このお話は、社会に見られるような刺激的な物ではなくナチュラな内容です。
なので、温まる訳です。


じわじわと、このメルマガを読んでいても体が温まってきているのではないでしょうか?


このメルマガを、発行させて頂いている目的の一つが、
読者の皆様の身体を、温める。


少し、屈折して伝わる可能性があるかもしれませんが、
分かりやすく言うと、


「読んでくれる読者さんが、ホットになれる。」
「このメルマガを、読むことでこの時代に代謝をアップ出来る」


なのです。


いじめのある社会で、
それが何かを知ろうともしない人の居るという現実があるわけです

私は、それが、どんなに惜しいことだと思うのです。


いじめという行動の、根源にある物の一つに
私は、これがあるのだと思うのです。


それが、
「決めつける事だと思うのです」


それも、一過性です。
永続性の物ではないわけです。



間違わないで頂きたいのですが、
どちらを責め立てたい訳ではありませんのでご注意くださいますようお願いいたします。


いじめというのは、
こういうことも言えると思います。


一人の頭の中にある世界が、表出した物である。と。


社会という場所は、常に、
私は思うのですが。


寒いのが嫌で、
熱いのが嫌なんだと思うのです。


寒ければ、温い場所がいいし、
熱ければ、涼しい場所がいいわと感じるとして、



社会の人の見ている世界と、
私の見ている世界は、少し違ったとして、



社会の人が見ている世界は、
過ごしやすかったらいいとして、


私は、少し過ごしにくい世界がいいとして、


そんなそれぞれ好みの違う人が同じ部屋にある同じ時間。
同じ期間、一緒に、ある一定のメンバーといたとして。


出る物無いわけが、ないわけだとして。
出る物が、何かと考えた時


「それが違いであるということが言える」わけです。


そして、そこにいるメンバーが、
それぞれの特性をそれぞれが自分との、


「違い」を、どれだけ理解出来るようになれるのか?が、
私が提唱する学びです。



そこには出来るとか、出来ないは根底にはなく。
この理論から言うと、


根底に流れている物を、据え置いた上で
それぞれを、それぞれの将来性。


それも良き、リーダーを育てるという視点に立った上で
交流すると、


これからの時間の使い方が、少し変わってきそうではないでしょうか?



社会の多くは、いい物は外から来ると思っている節があるとして、
もし、そうなら違うんですよね。


どんな環境にいようとも、
良い物という物は、それぞれの内側にあるのですから。



そしてそれは一生、輝き続けているのですから。


だから、いじめとかしているとしたなら
本当に、惜しいと言いたいのです。


なぜならば、人間であるわたしたちは
咲きながら夢を見る事が出来る唯一の、素敵な人種なのですから。



弱い人を助けるのが、いいと思うのですよ。


新しい風入れてね。と言われた事があるのですが。
入れる側にも、その覚悟あるのかね?って話なんですよね。


新しい風を、入れるって事は今迄の何かに不満がある事から
出る言葉だと思うのです。


そこに入った、新しい人は、
それは新しいのですが、


集団というのは、新しい何かを受けいれる前に、
入れてねと、言うわけです。


違うんですよね。


新しい環境に入る側は、
覚悟して入ってる訳で、


そこに入った途端、
何かが、割れだしたような感覚が起こる時。


何か、ウソめいた何かを感じずにはいれない訳です。
でも、本人は、その時は本気にそう感じていたはずだと信じています。


でも、怖くなり途中で
やっぱり、止めておこうと思うのだとしたらそれは自由ですしね。


これは、組織や、社会、学校、集団に入るという事につきまとわるリスクの一つだと感じていますが、



その中ででも、私はやっぱりそういう社会さえも否定は出来ないんです。
なぜなら、そこには私のしてきた思いがあるからです。


どんなに否定されても否定されたけれども、
これを造った私が、そこには居たのですから。



ここが勝負なら。
私は、勝たせたい。


そして、弱小こそ、強大なパワーになることを知っている。
でも目には見えない。


それに時間もかかる。
でも、諦める意味なんて、



ここに来たら消えている。



だって、ネガティブがエネルギーに変わるんだから。


これを、使えば

happiko.thebase.in









では、またお会いしましょう。
ありがとうございました。










どこを、探しても見つからなくて
誰に聞いても、納得できない答えだけが聞こえてきて、

いつになれば、もっとわたしは自由になれるのだろう?
いつになれば、もっと毎日は有意義に感じられるのだろう?

わからなくて、
まよって、
さみしくなって、

仲間を探して、
それでも、何かが満たされなくて・・

あしたなんて、いったい何の意味があるのかなぁ・・
生きてくのが、しんどい・・

そんな毎日なら、幸せになれます。
そんな毎日から、抜け出せます。
それが、この講座、

講座の大部分に、お心のケアを最優先に行っています。
心のケアを、行いながら本心を作り上げて行く。

そんな構成になっています。

生涯というと、オーバーに聞こえるかもしれません。
それに対して、簡単なイラストで構成された本編は、ミス・マッチにも感じられるかもしれません。

これは、お心、本心を、メンイにして講座を開こうと決意した時、
全ては、文章でした。

総勢400ページほどになる大作に、しようかとも思いました。

しかし、読まれるお客様なら・・
いいえ、わたしなら、そんなの絶対に買わない!

断言出来たのです。

そんな物を、販売しようとしていた自分が恥ずかしくも感じ、
全てを、実践に簡単に、やさしく落とし込める物を、作ろう。

そんな思いから完成しました。

新!妖怪ゲーム心理ブログ講座
私には出来るという、本心を育てる心理ワークです。

輝いてくる心を、温かさを感じて生きる貴方に変身。
お心が、温かくなる内容です。

どうぞ、じっくりとご覧くださいませ。


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